電車の真実〜?
先日、友人がうちに遊びにきてくれた。
その友人は僕と同じ完全にダークサイド側の人です。
で、たまにダークサイド報告会を開いたりするわけです。
その日も絶妙なタイミングでたずねてくれた。
ここで僕が言うダークサイドとは何かをお伝えしておきますー
(これもまた今、スライド紙芝居「大きな森のおばあちゃん」に参加させてもらっているのですが、紙芝居の絵を書いてくれている女性からも質問してもらったので〜、、、最近、ホントこの角度を話す機会が増えてます〜おもしろ〜い)
ダークサイド、、、、
まさに暗闇ですかね〜〜
もち天使か悪魔かって言えば悪魔さんの方です。
ま、僕のダークサイドの捉え方に悪魔という存在はいないんですがね〜
天使と悪魔の役ができているのは、まさにそこで分離と戦いがあるからで、戦う角度がない場所からは
悪魔という角度も、よく絵で書かれるようなオゾマしい〜って感じのものに見えないわけです。
あの絵は戦うこでの恐れや、悲しみ、痛み、寂しさが合わさったものを現しているだけですからねー
その角度をどの位置で、どう見るかであの形には見えないんですね。
でもその角度、、、領域はあるわけです。
ダークサイド、、、、
タブーになっている部分ですよね。
見たくない部分。
消したい部分。
分離したい部分。
僕は、完全にそのダークサイドからの声を表に出す人ですね。
だから相手が見たくない!って言ったとしても僕が見せたいと感じたら見せちゃう。
なんで!そんなこと!って思われて、嫌われてしまうタイプですかね〜
だからなんでそんなことするの!って言われるかもしれませんが、、、、だって、、、
僕にしてみたら、それが聞きたいから、明らかにしたかったから、僕と話をしているんでしょ?って感じなんです。
ダークサイドを自覚している僕はやはりその角度を貫き、技を磨く必要があると思うわけです。
だって、その話をする場合、自分自身がそれをやっていなければ、意味がないですもんね。
タブーになっていること、、、
それをやっちゃうわけです。
だから世間(ここではほとんどの人が選択している道という意味です。)ってところから見たら、完全に非常識〜〜
でも〜〜
僕はやはりその角度が今は必要だと常々感じさせてもらうわけなんです。
だってみんな実は今のこの状況に素直に納得していないわけですから。
それの原因は僕からすると、ダークサイドを否定しているからなんです。
否定したい部分と戦っているからです。
だから戦争は終わらないのです。
自分の中で戦っているから、その自分を通している世界は戦いの世界なんです。
だから戦争をホントにやめたいと思ったら、自分との戦いをやめたら一瞬のうちになくなるわけです。
そして僕はその自分との戦いをやめるには、「すべてが許可されている世界で何がしたいのか」、、、、
つまり本当に好きなことをするってことですね。
世間が許していることの中から選ぶんじゃなくて、すべての可能性がある状態からの発想、、、やりたいこと。
それはまさに自分を最大限に許しているので、戦っていないのです。
そのやりたいことに向かって進んでいる実感があれば、実践していれば戦ってる場合ではないはずです。
そのやりたいこと、、、、
実は世間からほとんど外れている事じゃないですか?
もちろん世間の中にあるものもあるけど、それに関わる関わり方が違っていたりするはずだ。
でもやはりほとんどの人が選んでいる世間だけあって、なかなかそれからはずれることはない。
分離してしまうって思って怖いからですね。
ダークサイド側の人はそれをやってしまう。
あんまり考えたりすることなく、やっちゃう。
ダークサイドにしてみたら、それをやる以外に道がないと感じているわけです。
だからやる。
そしてダークサイド側の人は、実は戦うとか、、、平和とか、、、別にあんまり気にしない。
ただただ、素直でいたいだけです〜って感じなんです。
そして改めて考えたら、みんなが素直になったら、、、ホントに素直になったら戦争やめよーってなりませんかー?って思うわけです。
だからあんまり考えないおバカなダークサイドが、多少まわりをびっくりさせながらタブーをお知らせし、
もっと深いやりとりしよーぜーってなっているわけです。
かなり、、、熱く語ってしまいましたが、、、、
その同じダークサイドの友人と、しばらくあっていなかった間、どんな感じだったのか報告しあったわけです。
そしたら〜〜〜ほとんどおなんじでしたわ。
もちろん具体的に起こっている内容は違いますが、テーマやタイミングがほとんど一緒です。
と、まあ、そんなでやっぱりこのまま行かさせていただくしかないなと感じたわけです。
、、、、ここでやっと本題です。
その友人と話していて、電車の話になったんです。
なんで電車の話になったかは、ここで書くと果てしなく長くなるので書きませんね。
mixiにも前に「電車」というタイトルで電車についてかいているが、その時の思いや考えが変わる真実を聞かされた。
僕は満員電車がホントに苦手だ。
普段、あんなに知らない人とぴったり!することはないし、もしハグしたりするなら、声をかけたりするわけだ。
しかし、み〜んな無言!
えらい揺れていて、僕なんか「きゃ〜〜」って声でも出てしまいそうな状況にも関わらず!み〜んな無表情〜〜〜
その絵があまりにあり得なくて、笑いがこみ上げてくるんです。
そんな中で一人だけ笑ってたら、完全にあたまイカレてる人じゃないですかーー(ま、そうなんですが、、、)
だから、その笑いをこらえるのが大変だから、できれば乗りたくないわけです。満員電車に。
そんな角度から、満員電車に乗っている人達はみんな殻に閉じこもって、「無」でいるんだろーなーって思っていたんです。
だから、あの空間はやっぱりおかしい!って思ったんです。あんまりよくないんじゃないか!って。
でも、その友人が「いや、元君、違うのよ」というわけです。
「私は学生のころ、ホントにいろいろ大変な時でひとりでとっても寂しい思いをしていたの、、、、、
そんな時に毎日乗る、あの満員電車で触れ合う人のぬくもりでどれだけ救われたかわからないわ〜」って!!
「ぎょえーー!」って感じで、思わず正座しましたよ。
あの空間が!癒しの空間!!
普段、人と触れ合うことがほとんどない人だったら、あの空間は、、、なるほど、触れ合える。
ん?
ん〜〜!!
やべーーー
そういえば、俺もいやされているかも!!
だって!
嫌だとはいえ、乗る事になった満員電車でぴったりとくっついている隣の人が女性だったりしたら、、、、
「どうぞー、もっと寄り掛かっていいよ〜〜」「あ、あたたかいな〜」、、、だなんて、思っちゃったりして、こりゃ〜かなり癒されてるなーーー!
だとしたら、あの空間の中でかなりの人が実は癒されているんじゃないか!?って思ったんです。
意識していないかもしれませんが、あの空間でいろいろな感情のやりとりと、ストーリーが生み出されているのではないでしょうか?
僕の勝手な見解だが、あの状況が成立しているということは、やはり何か必要があって存在しているわけだ。
あの箱の中に、、、もう!無理!ってくらいに人をつめて、運ばれる、、、、、。
いや、、、正直、、、ばっちり!とは言えないが、、、、それを否定することもダークサイド側のアタシからすると道を外れているわけだ。
その視点から見ると、やはりあの空間があるのは、、、、みんな(自分も含めて)、、、寂しいからだ。
だから意識していようがいまいが、触れ合うことを求めて集まるのだ。
東京のような都市があるのは、その寂しさや分離を埋めるために存在している。
世間という側面から見たら、今かなりギリギリな状態だとおもう。
その中であの空間は、、、、だからこその、あの空間でもあるが、、、、、やはり必要な空間なのかも!
別の方法で、寂しさを埋めるのではなく、自らが動いてそれを選択しないっていうものもあるが、今ほとんどの人が、この今の世界を選択している
。しかも無意識に。
そしてその無意識の中に今とんでもないエッセンスが隠されているのだ。
それは個性だ。
そしてその個性は自分とは違うものとのコミュニケーションによって、現されて、真価を発揮し、進化していく。
その個性は世間というわくにははまらない。
今回、僕が見えていなかった満員電車の真実を確かめることによって、改めて今のこの世界が何を現しているのかがわかった。
そしてそれはやはり腹をわったコミュニケーションから生まれたものだった。
本心からやりとりは形や内容はどうあれ、新たな真実を導きだす。
いや〜〜〜
それにしても、、、、また満員電車に乗ったら、余計に笑いがこみ上げてきてしまいそうです。
だって、ポーカーフェイスの中身は、、、、実は超〜癒されてる〜なんて考えたら、かなりおもしろいっす!
また電車の新たな側面を知る事ができてよかった〜
笑いがこみ上げてきたら、、、、笑ってみようかなーーー
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)